思えば最終学年、自分はこのチームに何を遺すことができるのか、自分がこの組織にいた意味はなんなのか、ただ4年間をこなして卒業するだけか、などを考え続けていた。
まずは、自分がポジションリーダーになろうと思ったきっかけを書こうと思う。
シーズンが始まる前、自分が卒業文集に水のような人間になると書いたことをふと思い出した。
要約すると液体である水は様々な容器に順応するが、時として岩をも貫く力も持っている。このように外には柔軟でありながら、内には岩をも貫き通す程に剛毅な精神を持ち、かつ誤った方にことが進んだ際に強い力を持ってそれを正すことができる人間になりたいといったところである。
自分が様々な同期たち、後輩たちとの仲を取り持ち、いざこざのないオフェンスチームを作る。うまくいかない時は自分が強い意志を持ってチームをまとめる。
また、様々な事情や能力を持つ後輩たちに柔軟にアプローチし、育成を行うことで1代限りではなく来年からの明治がより強くなるために尽力する。
多少強引ではあるが、かつて自分が掲げた目標を達成しつつ、チームに貢献することができる。
この決意を持って例年にはない役職であるオフェンス副リーダーに立候補した。
しかしながらシーズンを振り返ってみると、残念ながらこの目標が達成されたとは言い難い。
六大戦を通してポジションリーダーとして自分が1番やらなくてはならない
良いチームの雰囲気を作ること、そしてなによりチームを勝たせるようなプレーをすること、これがひとえに自分の実力不足によって達成されなかった。
オフェンスが上手くいっていない時にそこを指摘し、改善する程の実力と勇気が無かった。
流れの悪い時に自分でボールを持ってゴールにぶち込む能力もなかった。
仕舞いには明治には上手いオフェンスが5枚しかおらず、6枚目がいない。5人で戦っているようだと言われる始末。6枚目に食い込み、定着することはできなかった。
それからというものラクロスにおいてチームに貢献したことと言えば、
練習中、暗い雰囲気の中で大輔と声を出して明るくしようとしたこと。
たまに面白い攻め方を考え出して凌吾に話してみるくらいである。
ここで俺ってAチームにいる意味がないな、沢山の恩があるハスキーズに何も還元できてないじゃん。いるだけじゃん。ってことに気付いてしまった。
Aチームにいる意味がない。これは自分にとってリーグ戦に出られないことやどんなことよりも罪深く、また、恐ろしいことだった。
これを悟ってからはあんまり良い思い出がない。せめて外には出さないように振る舞っていたつもりだったが、後輩やスタッフに最近元気ないですね、どうしちゃったんですかと核心を突かれた。もう周りにもバレちゃってるか。そこからというものどれだけ気持ちを入れ直しても、綺麗に取り繕うと思っても、まるで砂の器のようにボロボロと崩れていくばかりであった。
こんな奴がAに残れる訳もなく明大前の駅で
同期からBに行ってくれと話があった。
隣で涙ぐむ小島と同様自分も悔しかった、
いや嘘。隣の小島とは対照的に情けないが
ホッとした。私の中で何より罪深い、いる意味がない人間から解放される気がしたからだ。
こんなことがあり、今に至る。
そんな自分でもシーズン当初から一貫して抜かりなくやり続けたことがある。
それは後輩の育成である。毎年形骸化する親子班はほぼ毎日稼働させ、BCの後輩たちにはできるアドバイスや自主練に付き合うなど何でもした。
ここで1代限りの育成にしないために何を思ってここまでやっていたかを書く。
私は早稲田慶應が強いチームで居続けるのは恐らく育成が関係しているのだと思う。
4年間という限られた時間でリーグ戦に挑むラクロスにおいて、毎年当たり前のように強くあり続けるためには間違いなくチーム全体で次世代への育成を怠っていないはずである。また、ただ目にかけるのではなく効果的な指導を行っているに違いない。
リーグ戦、公式戦の舞台を経験した4年生が
効果的なアドバイスをし、チームに何かを遺す。
ついこの前に入部した後輩にとってはリーグ戦という舞台は遠すぎて想像もできないものであろう。あんまり遠くの山を指さして、あそこに行けば見晴らしが良い、あの景色は経験しておくべきである、と、それはきっとその通りで、微塵も嘘のないことだとは分かっているけど、現在後輩が抱える腹痛に対しては見て見ぬ振りをして、何か当たり障りのないアドバイスをする、山の登り方や頂上への近道は詳しく教えない、そしてただ、さあさあ、もう少しの我慢だ、あの山の頂上までいけばしめたものだ、山の中腹で停滞している者に対しては、上がってこれないか、弱い、と、一蹴する。さあ自主練しろ、何回もだと言うのは、チームとして、きっと間違えている。
これからハスキーズがもっと強くなるために
もチーム全員が意識を変えて育成に取り組まなくてはいけない。いや、そもそももっと前段階から変えていった方が良いのかもしれない。チームのプレーにもっと関心を持つところから。隣の奴が良いプレーをしたら盛り上げる。逆コートで別カテゴリーのやつが良いプレーをしたら叫んでぶち上げる。黙ってないで少し助言してみたり、ミーツ中に積極的に発言するだとか、つまり何でも良い。
同期だろうが先輩だろうがだ。
あいついつも持ち替えミスってるな、
クロスの位置良くしたら活躍できそうだな、
なんであいつ今のグラボ寄らないのかな、
あいつ今日暗い顔してるな、静かだな
週5で会ってんだ、細かな気付きもあるだろう。
我々のチーム名はハスキーズ、どんな逆風でも皆でそりを引っ張るハスキー犬のように団結して戦う。だからこそ、隣の奴が失速しそうなら助けるべきだし、多少面倒に思うこともチームのために尽力するべきだと思う。
そう、そこに効率だとか合理性だとかそんなものは必要ない。
理由は「同じチームだから」これで十分だし、これ以外必要ない。これさえあればどれだけ手間暇かかろうが度外視でやるのみ。
主将じゃないから、エースじゃないから、あいつより上手くないから隣の奴にアドバイスできないか?
たとえどれだけラクロスが下手だったとしても、失敗談を伝えれば誰かの役に立つんじゃないか?
元気ないチームメイトがいたら1.2個小ボケて笑わせることはできないか?
兎にも角にも何でも良い。
主将だけが、エースだけが、学年リーダーだけがハスキーズじゃない。
全学優勝に向けてそりを進める1人1人、全員でハスキーズだ。
非常に身勝手な思いだが、この育成精神は必ずハスキーズのためになると確信しているのでぜひ来シーズンからも受け継いでいってほしいと切に願っている。
環、哉太、孝之、慶太、佐治辺りかな
前半、暗めな文章になってしまったがこの4年間を振り返ると、とてつもなく充実していて楽しい日々だった。
思い出すだけで笑えてくることもあるし
明らかに成長できたなと思えることもある。
特に、ただただ勝ちたくて、自分と仲間の思いを成就させるために練習し身体も頭も使い倒すようなアツい日々。
もちろん今年の六大戦、リーグ戦、また、
去年ハスキーズをBチームから変えてやると意気込んだBリーグ。
寝ても覚めても勝ちを渇望する、そんな
真剣になれる4年間は何ものにも代え難い、素晴らしいものだった。
今1年生にタイムスリップしても明治大学男子ラクロス部に入部するだろう。
素晴らしいと言えば、哉太率いるBオフェンス、学生コーチ率いるBチーム。
去年、私の全存在を賭けて狙ったFINAL4
喉から手が出るほどに掴みたかったFINAL4
でも手にすることのできなかったFINAL4
これを手にしてくれたことは私にとって
男子の本懐を遂げたような思いだ。
どうもありがとう。
長々と書き綴ってきましたが、なんといっても早稲田戦がすぐそこまで迫っています。
ハスキーズ悲願のA FINAL4がかかった試合、今まで悔しい思いをしてきた先輩たちの分まで部員全員で大暴れしよう。
今まで新大が必死にやってきたことを肯定するためにも、日本一の主将にするためにも、
人生最高の笑顔にさせるためにも、悔し泣きではなく最高の嬉し涙を流させるためにも。
スタンド、BOX、フィールドに立つ全ての人間が最大限戦い、声を枯らし、勝利を掴もう。
あと1つ。
明治はどんなことがあっても1人のせいで負けたりしないよ。戦犯などというものは心の弱い人間が誰かに責任を押し付ける行為であると思う。そんな情けないやつハスキーズにはいない。負けるときは皆のせいで負け、勝つときはみんなのおかげで勝つ。
だからこそ下級生も上級生も自信持ってプレーしよう。
引退ブログも兼ねるということでメッセージを残します。
まずは、いつも明治大学男子ラクロス部に多大なるご支援、ご声援をいただいている保護者の皆様、OB・OGの皆様、また、すべての関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。
特に自分の中では、OBの白取諒介さん。
2年生の頃、Cチームから抜け出せず途方に暮れていた自分を褒めてくれ、沢山の助言を貰いました。ありがとうございます。
あんまり感謝すると見返りに無理難題を提示されそうなのでこの辺で止めておきます。
37期
来年を不安がっていますが、ラクロスに対して真剣であること。上手くなろうと努力を続けるところ。必ず実を結ぶと思っています。
特に自分が何かを前で話すとき、いつも37期は集中しており、全員と目が合う気がする。そんな真剣なあなたたちが1つ下の後輩で良かったです。
38期
実力あるクラブチームのような印象です。
もっとチームにベクトルが向いて来ると確実に学生日本一になれる代だと思っています。
ただ、今年の36期の中で1番関わることが多かったと思うのでめちゃくちゃかわいいし期待してます。
春和
高3でラクロス部に入部を決めたときから大学4年まで自分のラクロス人生を1番近くで支えてもらったと思う。ありがとうね。
どんなプレー動画を送っても感想が鋭いね、なのはどうかね。
父親
中学生の頃から自分の最大の目標は父親を超えること。それが目的でラクロス部に入部した。これからも目標にし続けることが確定している程にかっこ良い父親だと誇りに思っています。
母親
私が人から褒められるところは、ほとんど母から受け継いだ、または育ててもらったところだと思っています。感謝してもしきれず、最高の母親です。
私と関わった全ての後輩へ
自分ではどうしようもない程に困ったとき、凹んだときは声をかけてください。
難しい文章はいらないからたった1件のLINEスタンプを送るだけで結構です。
俺と岩橋と小島と鈴木りきで想像を絶する楽しい場を提供します。
次のブログはオフェンスリーダーの4年ATの木村凌吾です。
彼のキレキレダッチを体験してみたく、この4年間で何度もエイリア石に手を出そうとしてしまいました。我らがドエースの彼のブログを楽しみにしていてください。
そういえば1つ前のブログの春川くんの紹介を忘れていました。彼の嫌なときは嫌な顔をし、楽しいときは誰よりもはしゃぎ、真剣な時は圧倒的に頼りになるという、そんな彼の人間すぎるところが私は大好きです。引退してもせめて年に1回は彼と飲みに行きたいところです。
そんな春川くんから回って参りました。
どうも4年 AT 14番で
オフェンス副リーダーを務めております、
保宗幹人と申します。

