平素よりお世話になっております。
明治大学男子ラクロス部で主将を務めております、松本新大と申します。
副将の鈴木嶺から回ってきました。彼は、私をちいかわとした場合の、“ハチワレの様な存在”といったところでしょうか。仲間思いで、多くを語らずとも、私の気持ちを汲み取り、常に傍にいてくれる、そんな存在であります。彼とは、大学生活の全てを語り合ってきました。正直、もはやここで言う事などございません。明日も頼むよ。
昨季まで、前DFリーダー充輝さんを筆頭に、男子大学生でありながらちいかわに心酔する先輩方を結構マジな冷たい目で見てきた私でしたが、この夏、映画ちいかわを見たことにより一気に形勢が逆転致しました。恥ずべき失態であったと猛省しております。
では、本編に移りましょう。
まず初めに、この場を借りて我々ハスキーズに関わってくださるすべての人々に厚く御礼申し上げます。皆様のご声援、ご支援、温かな想いが我々の心の支えとなっています。特に、今年度は保護者様、OBGの先輩方、協賛で連携させて頂いた会社様との接点を意図的に増やすべく尽力して参りました。結果として、リーグ戦を重ねるごとに応援にお越しくださる方が増え、私たちの力の源となっています。今後とも、熱いサポートのほど、何卒よろしくお願い致します。
私は有難いことにこの4年間、様々な場面でブログを書かせていただく機会に恵まれ、ブログを書くのはこれで7回目となってしまいました。4年間でブログを書くのは通常1,2回といったところなので、普通に書き過ぎであります。おそらく39年のハスキーズ史上最もブログを書いた男としてハスキーズギネスに認定されることでしょう。
無論、シーズンはまだまだ続かせるつもりですが、明治のブログの仕組み上、4年でブログを書くのは基本的にシーズンで一度なので、そのつもりで気合を入れて執筆致しました。おそらく長さで言えば歴代最長レベルの文章となってしまいましたが、私の卒業論文だと思ってお読みいただければ幸いです。
読み返してみれば、齢22にも満たない若造が大変生意気な事を偉そうに語っている様で大変恐縮ですが、自分なりの本気で書いたので、どうか暖かい目でお読みいただきたいです。
目次
1,振り返り
2,主将としての学び
3,早稲田戦にかける思い
4,まとめ
後書き:メッセージ
[1,振り返り]
大学入学時、ラクロスなんてスポーツは全く知らなかった。見たこともなければ、聞いたこともなかった。群馬県の最西端、小学校の同級生は7人、内男は1人。車で15分ほどの、改札すらない最寄駅(?)に来る電車は2時間に1本という、たいそうな片田舎出身の私の出自を考えれば当然のことである。事実、小さい頃から好きだったディズニーが近いから、という安直な理由から東京に来た。
なんとなく行った新歓で、あの時凜太朗さんに声をかけてもらっていなければ、今頃ジャングルクルーズの船長でもやっていた事であろう。
しかし、和泉キャンパスの新歓でラクロスを体験した瞬間、「これだ」と何かを確信し、新歓初日?にして後先を考えず、すぐに入部を決意した。
思えば、中学でも高校でもあと一歩目標に届かない部活人生だった。中高と陸上をやってきたが、中学の夏はあと5cm全国大会に届かず、高校では3年の春に疲労骨折。無理に治して復帰するも、北関東大会で敗北しIHには行けなかった。手を抜いてやってきたつもりは勿論ないが、いつもどこか一歩足りない自分の実力不足に打ちひしがれ続ける人生だったと言える。勉強でリベンジすると意気込んだ受験も中途半端に終了。大学入学当時は、何をやっても中途半端で、自分の決めた目標すら達成できない、そんな弱い自分が嫌いだった。
今振り返れば、ラクロス部に入ることで、そんな自分を否定できると、淡い希望を抱いたものだと思う。
1-3年を振り返るとあまりに長くなってしまうので割愛。よろしければ過去編をお読み下さい。
月日は飛ぶ様に過ぎ去り、4年になった。
私は有難いことに36期主将を任せて頂いた。1年で学年リーダー、2年でBチームリーダー、3年で副将と、経歴だけ見ればそれっぽいし、まあ、新大が主将だろう。そんな雰囲気は実際にあった。
しかし、昨季の入れ替え戦前後には、俺でいいのだろうかと、本気で思い悩んだ事がある。というよりも、ひたすら怖かった。これを人に相談したことは一度もない。期待してくれる人も多かったからこそ、正直めちゃくちゃに強がっていた。
振り返ってみれば、3年のシーズンにおける私の副将という肩書はほぼお飾り。冗談ではなく、自分が昨年のチームに貢献した実感など微塵も無い。実際にはプレーも組織運営も一つ上の先輩におんぶに抱っこだった。極めつけには、試合では自分より活躍する同期が何人もいた。
そんな自分が主将になったとて、入れ替え戦に進出したハスキーズを立て直せるのか。再び日本一など目指せるのか。また入れ替え戦に行くんじゃないか。次こそ2部に落ちるんじゃないか。そしたらどれだけの人間が絶望するのか。そんな責任を自分が取れるのか。
とにかく怖かった。
最終的にはもう、現副将の二人、翔生や嶺がやった方がいいんじゃないか。そんな風にさえ思ってた。自分の責任から逃げたかった。
ただ、果たしてそれでいいのだろうか。そう思う自分も頭の片隅から離れなかった。
中学も高校も、キャプテン候補に私の名前は上がったが、自信が無かった。そして何かとふざけた理由をつけて人に譲った。譲ったなんて綺麗な言い方をすべきではない。自信が無かったから、責任を負うのが怖かったから、“逃げた”のである。
そんな自分が嫌いだったから、中高のリベンジマッチとして大学の体育会を選んだのである。今回また逃げたら、死ぬまで後悔するかもしれない。ここでまた人に譲れば、また弱い自分から逃げるだけだと、そう自分に言い聞かせ、最終的に主将に立候補すべく腹を括った。
「お前がやらなきゃだめだ」と翔生が言ってくれたのも本当に心強かったな。本人は覚えているかどうか、甚だ疑問だが。
そして迎えた代替わりのmtg、主将に立候補した。
いざ立候補してみれば、私の心配や恐怖は意外にも杞憂だったのかも知れない。しかしそれは、私を本気で支えようとしてくれた同期達がそばにいたからに他ならない。
私が主将になったというより、みんなが私を主将にしてくれた、というのが正しい様に思う。
そんなこんなで始まったシーズンも、中途半端に終わった六大戦、慶応戦の惜敗、夏合宿、リーグ3連勝などなど様々な物語を経て今に至る。
さて、今年の明治大学HUSKIESといえば、どんなチームだろうか。
他大から見れば、FOが強いチーム、得点力があるチーム、勢いがあるチーム、だけどまだ不安定なチーム、そんなところだろうか。
シーズン始動時を思い出せば、今年は体制も大きく変わり、何もかもが初めて、わからないことだらけのシーズンだった。昨年の4年生の戦力が抜けたことで、現3.4年にリーグ経験者は少なかった。去年の入れ替え戦も、4年生に勝たせてもらったのが現実。加え、最上級生の代は世代を代表するようなスタープレーヤーはおらず、おまけに、日本一はおろか、FINAL4に行くとはどういうことか、経験も無くわからない。弊部内では現役OB共に、今年はやばいかもしれない、とそんな空気が流れ、実際にそんなことが囁かれてもいた。
3年の龍太郎が、OBから来年の方がやばいと言われた際に「なに言ってんだこいつ」と思ったらしいが、大変に頼もしい後輩である。その気持ちこそが今年のチームの原動力になっていた。
シーズン最初の主将就任ブログでも、“私達には何もないスタートだ”と綴った覚えがある。
そして、実際にそんなところだった。右も左も分からないチーム運営はお世辞にもうまく行ったとは言えないし、細々した問題も表出。関係各所に謝罪に行く事が何度あったか。(小川会長には毎度ご迷惑、ご心配、ご足労をおかけし、学内スポ振にも大変お世話になった。。。)あの問題を解決すればこの問題が出てくる。できるようになったことが増えると、同時に別の甘さが際立つ。そんな連続。試合に勝っても手放しで喜べたことなど一度も無かった。詰めは常に甘いし、ムラがあり、心配ばかり。貴也さんの厳しくも愛のあるお言葉に何度も救ってもらった。
ただ、だからこそ、一つだけ確実に言えることがある。
それは、全員で足並みを揃え、それら一つ一つの弱さに向き合い、ゆっくりと、だが着実に、一歩一歩成長してきたという事。部としての決まった型や、“これが正解”だという答えがなかったからこそ、一人一人が意見を出し合い、時に全力で喧嘩をしながら、手取り足取りなんとかここまで歩みを進めてきた。
「常に成長し続けている事」
これこそが今年の明治大学HUSKIESの色だと、そんな風に思う。
それだけ、できないことや至らぬ点がまだまだ多いことの裏返しでもあるが、そんな未熟ささえも我々の色である。
そして、それこそ、唯一私が他大にも自信をもって誇ることができる、ハスキーズの今年の強さだ。いまだに器用なことはできないし、お手本のようなラクロスができるわけでもない。執念と魂のみでゴールを、ボールを奪いに行っている。それでも、泥臭く日々成長している。
特にリーグが始まってからのAチームは、幹部も非幹部も関係無く、上級生も下級生も関係無く、今まで以上に色々な人間が積極的に発話するようになった。私が作りたかったチームに一歩一歩近づいているように思う。
そして、何よりも、4年生全員が責任感と主体性を持ってチームを作ろうとしてくれるようになった。
特攻隊長ガチ大輔を筆頭に、後輩からはゴン舐めされながらも練習を引っ張る亮太、大勢の前で話さずとも大事な事を沢山主張してる里樹ちゃん、ふざけながらも組織を俯瞰してるファンタジスタ太陽。すごい熱量で他カテゴリーを見に来てくれる徳。後輩をいじりまくりながらも育成に心血注いでる菊永。常にボケてるハスキーズのペット一冴。上手い癖になんか自信なさそうな瑞樹。ずっとパソコンと睨めっこで今にも死にそうな大貴。
そして他カテゴリーを引っ張ってくれている、腕は折れても心は折れない工藤。仕事多くて大丈夫か、中村。色々不憫でも立ち向かう宮田。最近は風呂に入ってるらしい高倉。歩けば怪我をするので心配になる米澤。前髪の流れが気になってしまう年頃だが一番コーチが板に付いた八木。試合では靴下がやけに長い気がしたが、彼女と幸せそうだった内海。
今や社会人コーチになり、いつも刺激になってくれる瞭。
チーム横断で頑張ってくれている、唯一の男性スタッフダンディ金ちゃん。商学部の姫こと佳奈。昔、翔生にリラックマみたいな色だと言われてて可哀想だった結莉。仕事を抱え過ぎて健康的な生活を送れているか分からない寧々。
そしてポジションリーダーズ。部活内外で二つの人格を持つ凌吾。最早下級生OFの父親になった幹人。焼津から出航した海賊王春川。グミから五大栄養素を吸収する陸玖。お節介ハラスメントおじさんになっちゃった嶺。あの感じで実はみんなの事好きな翔生。
実に賑やかで、最高に頼れる同期達である。
思うに、自分達にとっての“正解”は既にあるものでも、それを知っている誰かから教わるだけのものでもなく、自分達で暗中を模索し、たくさんの失敗をしながら、少しずつその手応えを掴んでいくものなのだ。今年のハスキーズはまさにそうだと言える。勿論、コーチ陣には数えきれない程たくさんの事を教わったが、私達の自主性を尊重しながら、同じ目線で根気強く親身に対話を続けてくださった。
だからこそ、ここまでなんとかやってこられた。
今年の明治は結果だけ見れば今のところ好調である。
あすなろではかつてないベスト4。
フレッシュマンは史上初のサマー準優勝。
Bチームは5年ぶりのBリーグFinal4進出。
Cチームも初の育成リーグ準決勝進出。
慢心することなかれ。まだまだいこう。
どのカテゴリーにおいてもこれ程の成果をあげたことは無かった。何かがおかしいと思ってしまうほど、みんなが頑張ってくれている。こんなチームの主将でいれて、こんなに幸せな事はない。
そして次はAチームの番だ。Aだけが負けるわけにはいかない。
[2,主将として学んだ事]
私は、圧倒的なカリスマ性で組織の先頭を突っ走り、チームを引っ張る事はできない。別に実力が飛び抜けてる訳でも、何か権威がある訳でも無い。でも、皆と目線を合わせ、肩を並べて共に走り、時に遅れそうな奴の背中を押す事ができる、そんな主将になりたかった。
主将決めの時、私は、「主将はチームに一番愛を持っている人間であるべき」だと言った。これを自身の一番のテーマとし、そんな気持ちでチームに向き合ってきた。
ハスキーズが、ラクロスが、私に全てを与えてくれた。
「Lacrosse makes friends」なんて言葉があるが、私にとってはその限りではない。
何かに夢中になることの幸せ。本音を言い合える仲間。ここでしか出会えなかった友。切磋琢磨できるライバル。尊敬する指導者。そして、勝敗が紙一重の試合に臨む緊張感。勝利した時の身が震える様な喜び。点を取った時の例えようの無い高揚感。スタンドの笑顔、歓声に包まれる幸福感。それだけではない。メンバーに選ばれない苦しさ、そしてうまく出来ない自己への嫌悪感。支えてくれた人達の期待を裏切る切なさ。そして試合に負けた時に嫌というほど味わってきた絶望感と、勝負の世界の残酷さ。全てをラクロスに与えて貰った。
良いも悪いも、あらゆる出会い、感情、経験が今の自分を作り上げてくれた。
明治に来て、ハスキーズに入って、本当に良かった。心の底からそう思っている。
今年、本当に仲間を信頼するとはどういうことなのか学んだ気がする。チームメイトには、今まで以上に本気でぶつかってきた。本気で向き合ってきた。言ったら相手が傷つく事は基本言いたくない主義だが、チームの為に言ってきた。嫌な顔をされて、言い返されて、心の内がザワザワすることは何度もあった。しかし、その結果として、今は仲間に全幅の信頼を置き、背中を預けて試合に挑む事ができる。ゲームを決定づけるラストプレーに自分が関わっていなくても、仲間の失態で負けたとしても、仕方が無いと思える。そんな関係性になれた。そして、これはとても幸せな事なのだということを知った。
だからこそ、大学であえてこの道を選んだ部員には、「ハスキーズを選んで良かった」と、そう思って欲しい。そして、そう思える様な組織を作りたいと思った。
これが、私なりの組織への愛であり、その気持ちが誰よりも強い自信だけはあった。
今振り返ってみると、私なりの部活“愛”はたいそうな自己満足の結晶であった様に思う。でも、それで良いのかもしれないと今では思っている。ハスキーズの嫌なところも数え切れない程あるが、それ以上に、ハスキーズに与えてもらったものが大きなものだった。辛いこともたくさんあったが、辛いことと同じかそれ以上に幸せを感じてきた。
だからこそ、自分なりの覚悟を持って組織に向き合ってこられた。
まだまだ道半ばですが、ここからは主将として学んだ事について執筆させていただきます。
その一、「”思わされている”という事」
幹部や上級生になると、部員は本気で日本一を目指しているのか?そんな話になりがちだ。部員が日本一を目指していない、勝ちたいと思っていないから部活に本気になれてないんじゃないか。結局、本人がどれだけ勝ちたいと思っているかなんじゃないか。
といった感じ。
ただ、果たしてそうなのだろうか?思っていないからと勝手に決めつけて、突き放して良いのだろうか?そもそも、そんな事を言っている我々は、初めから心の底から強く日本一を渇望していたのか?自分の中でこんな疑問が拭えなかった。
はっきり言うが、振り返れば、決してそんな事は無いと思う。
生まれた瞬間から日本一になりたくて堪らない人間や、日本一になる事が宿命づけられた人間がいるだろうか?
いたらびっくりである。
みんな、どこかのタイミングで、何かのきっかけがあって、”思う様になる”ないしは”思わされている”ただそれだけ。
ちょっと周りよりパスキャが、ダッジが、シュートが上手かったから。チャンスを多く得た結果、ラクロスにのめり込み、自分ならできるかもしれないと、そう”思う”様になるのかもしれない。
先輩が本気で試合で戦う姿や、リーグFinalを見て、自分もこんな風になりたいと”思う”のかもしれない。
思いっきり怒られたのが悔しくて、自分のせいで負けた事が悔しくて、見返してやろうと、そう“思う”のかもしれない。
隣の部員の笑顔が、支えてくれる人達の笑顔が見たいから、そう“思う”様になるのかもしれない。
きっかけなんて人それぞれだ。
才能さえも“思う”ための一要素に過ぎないのである。
今そう”思っている”人間も突き詰めていけばどこかのタイミングで、何かのきっかけで、誰かのお節介のおかげで、運良くそう”思えただけ“なんじゃないか。
いつからかそう思うようになった。
ただ、中には「いくらきっかけがあっても、そもそも本気になるポテンシャルさえ無い人もいるのではないか」と、そう思う人もいるかもしれない。実際、うまくいくことばかりではないし、そう諦める気持ちがわからんでもない。実際にそこの折り合いがつかず、様々な事情から、例年以上に部活を去る者が多かったのも事実だ。
しかし、大学生活で敢えてラクロスという道を選んだ者には全員、等しくそう”思える”可能性があると思う。少なくとも私はそう信じている。
新歓で「日本一」「日本代表」「本気で打ち込む環境」そんな言葉に少しでも心が動いて入部を決めたんだから。これこそ、そのポテンシャルの表れである。
誰もが、そう思える可能性を秘めているからこそ、このスポーツを選んだのだ。じゃなきゃこれだけお金をかけて、朝早く起き、痛い思いをして、部活外は自主練、筋トレ、バイトに明け暮れ、友達からの誘いを何度も断ってまで、この大学生活は送れない。
特にラクロスは初心者で始めることが大前提。多大なる自主練習量が必要であり、大学によっては固定的なグラウンドの確保も難しい為、部活関連の移動も多い。その分金銭的、時間的な負担が大きくのしかかる。気持ちが無いのにこの部活を続けていたらよっぽどの狂気である。
だからこそ、幹部であろうと、主将であろうと、チームを引っ張る立場にある者は傲慢であってはいけない。我々も、自力でそう“思った”のではなく、何かのきっかけでそう“思わされた”だけに過ぎないのだから。
部員がそう”思っていない“とすれば、”思わせていない”、“思えるだけのきっかけを与えられていない“我々の責任である。
ただ、これは手放しに部員のポテンシャルをただ信じて幹部が自責しろという能天気な主張ではない。部活動におけるあるべき姿を冷徹に定義した上で、そう“思わせる”ためにはどんな手段でも厭わないという主張でもある。それだけ自分の人生と人の人生に本気で向き合うべきだという主張である。だって本気でやってるんだから。
大学スポーツであるラクロスは、本当に色んな人が入ってくる。
だからこそ、特にこの「”思わされている“という事」が大前提に横たわっている。
高校までに全国レベルの経験を持つ人。高校までの部活が中途半端だったからこそラクロスを始めた人。高校まで帰宅部だった人。なんとなく入ったという人もいる。ただ、誰が上手くなるか、誰が本気になるのかなんて分からない。実際に色々な人を見てきた。
自分とは当たり前の基準も違えば、考え方も趣味も全く異なった人達。
それが、同じ組織に属し、同じ目標を目指す。ラクロス部の活動に本気で向き合うという事は、暗にこの事実を相当なキャパシティで受け入れる必要性を伴っている。
他の体育会はこの限りでは無い。特に、明治大学体育会は基本的に推薦が主であるからこそ、皆それなりの経験値、意識の高さを持った集団の集まりである。他の体育会、組織においても似たようなテーマ、問題は存在するとは思うが、ラクロスにおいてはその最大値と最小値の振れ幅があまりに大きい。
良くも悪くも門戸が広く、言ってしまえば誰でも入る事はできるのである。
これが、私がチームと向き合う中で痛いほど感じてきた、ラクロスという競技の圧倒的な難しさだった。他の体育会が羨ましいと何度思ってきたか。
しかしながら、それと同時に、これこそが大学ラクロスの圧倒的な楽しさであり、やりがいでもあった。
だからこそ、私はとにかく部員にキッカケを与え続けることを意識した。
BC練、一年練に実際に行って自分がコーチから教わったことを共有する。迷ってそうな部員に話しかけてみる。ちょっとラインしてみる。自主練やご飯に誘ってみる。とにかくカテゴリーを問わず、部員一人一人との接点を増やし続けてきたつもりだ。(うちは部員が多くて仕方ないので、主将になってからは1日1人1言を交わすことを目標に部活行ってました。髪切った?とか最近彼女どうなん?とか。あとは、然声聞こえないけど今日居る?とか、小谷〇〇ちゃん好きってまじ?とかか。)
時に、チームメイトを本気で詰めたこともあった。それが、本気になるきっかけを与えることに繋がるのであれば、手段は選ばなかったつもりだ。
そして、なによりも、部員の身近にいる自分が本気で日本一を目指すこと。部活に本気で取り組む姿勢を見せること。これを一番意識した。
みんなにもできると伝えたかった。
自分にもできると思って欲しかった。
後輩からしたら、主将ってだけで凄そうに見える。でも、別にそんな事はない。1年の頃から順風満帆なラクロス人生ではなかった。
理想ばかり先行して実力が伴わないリーダーだった。同期大会の度に自信をなくした。うまくいかなくて、先輩のチェックが痛くて、ヘルメットの下で泣きながら練習した事も、人に当たったことも何度もある。
翔生、凌吾、春川、陸玖、他大の友達がフツーに選ばれた関東ユースには落選。2年の時は大輔がリーグ戦で同期初得点を決め、正直素直には喜べなかった。U20日本代表は出だしのみ好調で期待だけさせた後に落選。3年のリーグは点も取れなければ特に良いプレーもなく、フィールドにいるだけで、朝陽さんが点決めた時に一丁前に嬉しそうに駆け寄るだけだった。
悔しくて、悔しくて、事あるごとに涙を流した。
今まで、何度部員の前で涙を流し、情けない姿を見せてきただろう。
幹人や大貴に、「お前が泣くな」「前を向け」と何度言われてきた事だろう。
そんな自分でも、本気で部活にのめり込めた。日本一になりたいと、心の底から思えた。
いや、”思わせて貰った”のだ。
そして、この、“思わされていること”は、本気になる事に限った話ではない。この組織に入れて良かった、ラクロスをしてきて良かったと、そう思える事も同様である。
1年生の私に手取り足取り教えてくれた、陸人さんや玉さん達。2年の自分に期待してくれた、凜太朗さん、颯士さん、大輔さん達。Bで一緒に頑張った、甲曜さん、オースティン、爽人さん達。ハスキーズのピンチを救ってくれた皓星さん。
入れ替え戦まで本気でチームの為に頑張ってくれた、純也さん、朝陽さん、瀬尾さん達。身をもって日本一の厳しさを教えてくれた、俊さんや諒介さん、駿さん達。本気で部活に向き合うとはどういう事かを教えてくれた鈴木さんや薫樹さん。
未熟な自分達に向き合ってくれたこばさんや優介さん、畠さんや貴也さん。小野けんさんや暸。どこかから見守ってくれているかとゆうさん。
そして、ずっと近くで自分のことを支えてくれた同期達。慕ってくれる後輩達。
本当に色々な人に支えられて、ここまできた。
ハスキーズに入って良かったと、”思わせて貰った“。
だから、私には次の人間達を”思わせる”そして、“思いを繋ぐ”責任がある。
今、部員のみんなは部活に本気になれているでしょうか?
このチームに入って良かったと、心から思えているでしょうか?
思えていなかったら、ごめんね。
思っているとすれば、今度はみんながそう思える人間を増やす側になって欲しいな。
その二、「決める事と、責任をとる事」
この4年間、幸運にも様々なリーダーを任せていただいた中で、最も心に残ったことといえば、
「リーダーにできることは“決める事”と“責任をとる事”だけである」
というシンプルな事実である。どこかで見た言葉だが、妙に腑に落ちた。
組織の方向性を決定づけるためにリーダーが存在し、決めないリーダーに価値はない。そして、決めるからにはそれ相応の責任が伴う。
だからこそ、決断は時に不安で恐怖なのだと思う。
AとBという選択肢があった時、あれこれ話して迷う事がある。部活でいえば、練習内容、選手起用、試合の戦術など、、、あらゆる場面で一長一短がある二者択一を迫られ、特に学生主体のチーム運営が求められるラクロスにおいては、様々な吟味と試行錯誤の末、話しても結論が出ない、なんて事はよくある。
そんな場面を散々見てきて思うことは、究極的にそんなものはどっちでも良いということ。
本気で考え抜くことは勿論大前提必要だが、考え抜いた末の最後、じゃあどっちでいこうか、は完全に“決めの問題”であり、何よりも、それ以上に大切なことは、仮にAという選択をとった際に、死んでもそれを正解だったとする覚悟と責任だということを学んだ。
かくいう私も、この一年様々なことを“決めて”きた。
練習場所や内容、mtg一つとっても、私の決断で部員にはたくさんの手間と迷惑をかけて来た事だと思う。部員のブログを読む中で、たくさん自分の名前が出てきた事を本当に嬉しく思うと同時に、私が部員の部活動人生の一要素や重要局面の決断に関与して来たのだという事を改めて実感した。
特に大きな決断は、育成コーチとBCコーチ。
チーム方針として、前々から決まっていた事だったが、春先に、数人の部員にAのリーグを諦め、育成に力を注いで欲しいと打診した。チーム方針であったとはいえ、決断し、実行したのは幹部、ひいては主将の私である。
様々な話し合いを経て、コーチが正式に決まった。内海、八木、工藤、宮田、中村には感謝してもし切れない。
そして、生田の同期mtgで内海が泣きながら、育成コーチ就任挨拶をした時、自分が決めたことの重大さを痛感した。内海とは1年の4月初期から一緒に自主練して来た仲であり、家も近所。オフの日には内海のバイト先を覗いてからジムに行くのが日課だった。そんな同期と、もう共にはリーグ戦のフィールドに立てない。その事実が切なくて堪らなかった。その先は泣きすぎて誰が何を話したかあんまり覚えてない。
このリーグ中盤にも、同期の幹人と太陽にBへの降格の旨を伝えた事もあった。それも決めた。あの時も、話題があまりに重たくて泣きそうだったが、副将の翔生が淡々と喋ってくれた。太陽おかえり。幹人はまだ待ってるよ。
リーグ戦に出たくても出られない同期がいる。
そして、その決断を自分がした。その決断に自分が関わった。
その決断が正しかったかどうかなど、結果論でしか語ることはできない。
この決断への償いは、どんな形であれその責任を取ることでしか達成され得ないのだ。
だからこそ、私には試合に勝つ責任がある。コーチを引き受けてくれた部員に、Aチームでプレーすることが叶わない部員に、文句や不満を言わせないチームを作る責任がある。
情けないプレーなど見せていいはずがあろうか。全力で相手にぶつかって、最後の1秒まで勝ちに行く。そして、その温度感を、熱量を、Aで試合に出る全ての人間に伝え続けること。それが試合に出られないチームメイト達への恩返しであり、私自身の責任だと自身に言い聞かせている。
これだけではない、全部そうだ。122人の部員、歴代のOBG、保護者の方々や応援してくれる人達。全ての人間に関わる事象の舵取りを自分がしている。とんでもない事だ。そして、だからこそ、その責任を何がなんでも果たす。果たさなきゃならない。そして、そんな人達に納得してもらえる様な人間で在り続けなければならない。
どれだけ決断をし、どれだけ本気でその責任を果たしたのか。この量でリーダーの質は決まる。そして、そこにリーダーとしての覚悟が表出する。
私の尊敬するリーダー達はそんな風に見える。私もいつかそうなりたい。
その三、「意味は有る無しではなく、与えるものであること」
現代に生きる我々は時に必要以上に“意味の有る無し”を求め過ぎている様に感じる。何をするにしても、“まず意味はあるのかどうか”から議論が始まり、“効率性”、“合理性”といった言葉に雁字搦めになっている様な感じ。
特に、今年の部活動で言えば、集散ダッシュ、挨拶、整理整頓など、部としての決まり事には意味があるのか?それやってて勝てんのか?という議論や、今の時期、今のチームにとって、この練習やあのトレーニングに意味があるのか?という議論に度々花が咲いた。
私自身は形から入るタイプなので、何も考えず上記のことやらに本気で取り組めてしまうのだが、どうやらそんな人ばかりではない事を知った。
おそらく、部員からすれば私は形式的、精神的、概念的な事ばかり求めて本質性の伴わない言動に走っていることも多かったと思う。
確かに、挨拶100点のチームが勝つわけじゃない。ヘルメット揃えることに一杯一杯になって負けたら元も子もない。部活っぽさだけを追求して結果が出なければ滑稽。それ自体が目的化しては本末転倒である。
自分の特性や現状を考えず、的外れのスキル、フィジカルばかり伸ばしていても結果が出なければ意味がない。
今年から導入した月例mtg(部内の縦横の繋がり強化が目的)や駅前清掃活動は、確かに勝ちに直結しているかと言われればそうではない。
コスパという言葉が蔓延る現代、効率性や合理性を大前提にする事は間違っていないと思う。私も本質的に考えてみようと2,3年生の時はそれらに異様に拘ってみた期間もあった。
極論だが例えば、日本一になりたいとした時、365日24時間持てる時間の全てをラクロス上手くなることに費やすことが一番合理的である。変にオフを取るくらいならそんな時間も練習なりビデオ見たりした方がいいし、縦割りでお喋りするmtgの時間がある位ならグラウンドでシュートの一つでも打った方が良い。今、こんなブログを書く時間があるのなら壁当ての一回でもしに行った方が良い。ラクロス上達に直結する事以外は非合理で意味が無いと言える。
しかし、頭では分かっていても、これはなんだかしっくり来なかった。
練習が手詰まりになった時に思い切って練習時間を減らしてmtgをしてみたりすると思いの外次の日から練習の質が上がったり、意外なチームの成長に繋がったりする。(もちろん毎回じゃない。これが常態化するとチームは易きに流れるので。)ブログを書いて自分の気持ちが引き締まることもあるし、それを読んだ誰かが明日からもっと頑張れるかもしれない。
整理整頓や集散ダッシュだって、それが自分達のルーティンや自信になるかもしれない。自分がやらないプレーのスキルやフィジカルの鍛錬も、新しい発見のきっかけになるかもしれない。ミーティングでカテゴリー間の応援が盛んになるかもしれないし、清掃でチームを応援してくれる人が増えるかもしれない。何か一ミリでもチームの為になっていたら万々歳じゃないか。
シーズンが進んだ今思うことは、私の違和感があったのは“一度やってみてもいないのに意味の有る無しを決めつける姿勢”だった様に思う。
やっても無い事にまで意味が無いと決めつけて一蹴するのは勿体無い。一見非合理な事にも予想だにしない新しい発見があるかも知れない。
トップアスリートでもそうだが、オフは思い切ってラクロスから離れてみたり、ラクロス以外の事に時間を使ってみることで、思わぬ突破口が開けたりするものである。
おそらく、人間は我々が思う以上に非合理的な存在なのだと思う。我々はAIでも機械でもない。時に感情に動かされて非合理な選択を取る事など誰にでもあるだろうし、非合理な何かによって感情が動かされて頑張れることもある。
だから、やってみてもないのに初めから物事の意味の有る無しを決めつけるのは非常に哀しいというか寂しいというか、センスが無い様に思った。
そんなこんなを色々考えて行く中で、私の中では最終的に、「皆で納得して見出した“意味”に基づいてとった行動には意味があるんじゃないか」という結論に至った。
これは荷物整理整頓や集散ダッシュ、きっついラントレ、練習時間を削ってやるmtg、清掃活動…全てにおいて言える。意味ないと思いながらやったら意味は無いし、皆で見出した意味に基づいてそれらの行動に徹するのは意味がある。逆に、チーム全体で効率性や合理性こそが勝利の為の全てだと信じて振り切る事ができれば、それはそれで多分強くなれるんだと思う。
中学時代の恩師である陸上部の顧問が、よく「意味はあると思ったらある。ないと思ったらない。」と言っていた。この意味が漸くわかった様な気がする。
詰まるところ、「自分の物事に対する捉え方=意味付け」次第で、無駄なものなど一切なくなるということである。嫌なことがあっても、一見意味がなさそうな徒労だとしても、それをどう解釈し意味付けるか。そこから何を得て、何を学ぼうとするのか。これだけで自身の納得度、本気度がまるで変わってくる。
与えられた意味ではなく、自分達がそこに意味があると信じ、納得してその行動に徹する。主体的に意味を見出す。それが大事なんだと思った。
実際に我々は、おそらく客観的に見たら相当コスパが悪い部活動というものに貴重な大学生活を捧げている。資格勉強や、社会人になってから活きる知識、スキルを得るために時間を使った方がコスパはいいだろう。しかしながら、我々は多大なる時間と金をかけ、鉄の棒に叩かれにグラウンドに向かい、ちっこいボールを血眼になって追っかけ回している。多分、あまりにコスパが悪い。でも、“意味があると思っているから”真剣にやっているのである。
ここで一つ、ハスキーズの先輩方に向けてメッセージ。
一つ上の主将の純也さんが、いつしか、自分の代は入れ替え戦に行った代だから申し訳ないと、そんな事を言って、まるで昨シーズンには意味が無かったかの様な言い分じゃないかと感じた事がありました。そこまでは言わずとも、他にも代を卑下する人はいた様に思います。
ただ、生意気にもはっきり言わせて頂きますが、全くそんなことはないです。そんな事を思っている先輩がいたら、先輩だろうと一発殴らせて頂きたいくらいです。
過去の敗北や失敗には意味が無かったのでしょうか。
2年前の青学戦で見た颯士さんの涙や、入れ替え戦が決まった時の辛そうな純也さんの姿は、今のハスキーズにとって意味が無かったのでしょうか。
全くそんな事はないです。それらにどんな意味を与えるのかは現役である我々次第だから。私は絶対に意味があったと思うし、その経験があってこそ今のハスキーズがあるものだと思います。
私は自身のリーグデビュー戦で、初めて颯士さんの涙を見ました。そこで、リーグ戦に本気で向き合う事の残酷さと試合に出る事の責任の重さを学びました。ハスキーズ4年間で1番辛かった期間は間違いなく入れ替え戦前の1ヶ月間でしたが、入れ替え戦が決まったボロボロのチーム状況でも、後輩の為に一部の舞台を残そうと全力で闘ってくれた35期の背中を見て、本当の覚悟とはどういうものかを学びました。
過去の結果がどうであれ、先輩方の勇姿が、そこから得た学びが、今の我々の血肉となり、ハスキーズの中で生き続けています。
今までも、そしてこれからも、ハスキーズの歴史はその様に紡がれていくものだと思います。
リーグ戦は、是非会場での応援にお越しいただければ嬉しい限りです。
私がお世話になった先輩方、結婚式くらいは呼んでくださいね。
[3,早稲田戦に懸ける思い]
さて、決起ブログとしてはここからが本番です。随分遠回り致しました。
リーグ最終節の相手は、名門早稲田大学。
早稲田大学といえば、我々4年にとっては1年生の時の最初の練習試合の相手であり、2試合総得点0-20の大敗北を喫した大学である。あの雨の降りしきる東伏見をまだ鮮明に覚えている。その後サマー前の練習試合に一点差で勝った時は嬉しくて泣いた。練習試合なのに。みんな流石に引いてた。
現2年は昨年のウィンター決勝で敗北、現1年はサマー決勝にサドンで敗北。Bリーグは4Q残り時間少ない中追い上げられ同点。
このリーグ戦でも、その勝負強さを遺憾なく発揮している、まさしく“巧より強たる”名門。
そしてその早稲田を率いる主将は、入部当初のフレッシュマンキャンプで同部屋だった井原幸輝。フレキャン以降仲良くなり、互いに学年リーダーから主将となった。同じOMFかつ背番号は10番と何かの縁を感じずにはいられない。最近の主将会の後は大体一緒にご飯に行ってる。
脅威のWエースの一角、イオくんは来年から会社の同期であり、副将三戸くんとはスパジャポで偶然遭遇したスパジャポ仲間である。あと、群馬ラクロス仲間マッカーシー。今DFしているとの事なので、マッチアップ希望。
相手にとって不足なしとはまさにこの事である。
そして、
勝った方がFINAL4進出。
負けた方が現役引退。
家でブログを書いている今でも、当日の事を想像するだけで心臓が高鳴る。
この最高にひりつく状況で、尊敬する友が率いるチームと勝負ができる。
こんな幸せな事があるだろうか。
そして、その舞台で私が見せるべき姿は。
チームメイトには何度も言う様だが、私は別に技術的に秀でた選手ではない。自分よりラクロスが上手い奴は同世代にもごまんといる。
だからこそ、とにかく、誰よりも一番声を出す、一番全力で走る。疲れていても、運動量を出す。そして最後まで絶対に諦めない。バカでも出来ることに、誰よりも全力で徹する。
そんな姿を見せて、みんなに勇気を与えたい。チームが苦しい時、しんどい時に、「この人がいれば大丈夫だ」と思わせる、そんな選手でありたい。
徳山がブログで、「しんどい時は新大を見ろ」と書いてくれた。最高の褒め言葉であり、最高のプレッシャーである。今年のブログでは何人もの部員が私の名前を使ってくれた。最近のスマホの写真フォルダなんか、ハスキーズのブログのスクショだらけである。今や、試合前は、そのスクショを一通り見てから現地入りするレベルだ。
そんなみんなの期待に、なんとしてでも応えたい。そして悲願を達成したい。あと2勝して、コーチをボックスに入れたい。こばさんを日本一のHCにしたい。日本一の主将になって、みんなに胴上げされてみたい。全員で最高の景色を見て、「ONE HUSKIES」を実現したい。
何よりも、
儚くも尊い、夢の様なこの日々を
まだ、終わらせる訳にはいかない。終わらせたくはないのだ。
どうか、どうかこの日々を、許される限り全力で走り続けていたい。
[4,まとめ]
ここまで根気強くお付き合い頂いた読者の皆様、誠に有難うございました。このブログに残した全てが、ハスキーズで得た全てが私の宝物です。
ここまでたいそうなブログを書いておいて、FINAL4にも行けなかったら、それこそただの自己満足になってしまう事でしょう。だからこそ、このブログは自身へのプレッシャーでもあります。でも、笑い者になっても、これが私の本気だと伝われば嬉しいです。
既に、小川OB会長には「お前自分に酔ってんのか」とか、HCこばさんには「長すぎ」とか言われそうな文章ですが、ここまでの綺麗事を綴った先の勝利にはこの上ない喜びが待っている事でしょう。
そんな希望を抱きながら、明日は本気で闘います。
是非、明日は現地で我々ハスキーズの勇姿をご覧下さい。
#10 松本新大
[あとがき:メッセージ]
同期
一人暮らしの俺にとっては、みんなが毎日顔を合わせる家族みたいなものでした。最高の同期。俺を主将にしてくれて、一緒に頑張ってきてくれて本当にありがとう。まだまだ行こう。過去の同期会は毎度人生最高記録の楽しさを叩き出してきます。最高の景色を見た後、また宴会しよう。勿論、幹事は大貴。
37期
ハスキーズ内では陰キャ世代などと言われ不名誉極まりないね。OFは優しすぎ、静かすぎ。DFはちょっと生意気。だけど粒で見るとキャラは相当立っている。新シーズンの初めには、こんな先輩達で大丈夫かなといっぱい心配をかけてしまったけど、信じてついてきてくれてありがとう。みんな上手いよ。別に来年をそんなに心配してない。同期会やりなよ。
38期
この代がハスキーズの起爆剤。この代が入ってきてから、勢いが明らかに変わった。みんなに刺激を受けて、どれだけの上級生が頑張れたか。ウィンターの負けも、あすなろの負けも、俺も一丁前に悔しかった。絶対その悔しさ晴らそう。でも、時々調子に乗りすぎるので注意ね。合宿で37期を包囲して圧をかけていたけど、37期にもリスペクトを忘れないこと!
39期
ほんとに可愛い代。ここまで育成にガッツリ関わったのは初めて。準育成コーチのつもりでたくさん育成に通っていたけど、見る度にできる事が増えていくみんなを見ているのが最高に楽しかった。パスキャもできなかったみんなが1-1とか4-4とかやって、スライドが…とか言ってるのを見て、涙腺崩壊ものでした。サマーの仇はAがうつよ。あと、内海にこれからもたくさん奢ってもらいな。
スタッフへ
何度も言いますが、スタッフはプレーヤーのお母さんではありません。みんなの意識が高いが故に、時にプレーヤーを信頼することに億劫になっている様に思う。ただし、その意識の高さには間違いなくありがとうを伝えたいです。ありがとう!
コーチ陣へ
こばこうさん
チームに沢山の愛を注いでくれて本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。飲み過ぎには注意してください。
ゆうすけさん
優介さんのおかげで、自分のラクロス観が数段レベルアップしました。今度、ランニングがてら家まで行きます。そして、飲み過ぎには注意してください。
畠さん
コーチを引き受けていただき、本当にありがとうございます。畠さんの優しさと貫禄に支えられてきました。実は畠さんに遭遇しないかなと思いながら、日々大國魂神社周辺をランニングをしております。
貴也さん
自分のラクロス人生で一番尊敬する人です。
沢山のことを学ばせていただき、本当にありがとうございます。
小野けんさん
楽しく雰囲気良く、時に過激発言をしながら、練習を見にきていただき、本当にありがとうございます。A1で戦いたいです。
家族へ
中学を卒業して実家を出てからというもの、碌に連絡も寄越さず、生きてるんだか死んでるんだかもわからない存在でごめんなさい。でも、今の生活があるのは紛れもなく家族のお陰です。今まで本当にありがとう。あらゆるものを与えてもらってばかりでした。これからは私が与える側になれる様、精一杯生きていきます。
こんなところで、私の長編ブログは終わりにしたいと思います。
皆様、これからも何卒よろしくお願い致します!!

