Blog

ブログ更新情報


2026

Aリーグ決起ブログ〜岩橋亮太〜

じゃんけんの申し子小島くんからまわってきました4年MFの岩橋亮太です。




彼とは学部、ポジション、カテゴリー、加えて残りの単位数までほぼ同じで、チーム本当の仲間として仲良くさせていただいています。




普段はじゃんけんとゲップでしかバリューを発揮しない彼ですが、試合での彼のキレと意外性のあるプレーにはいつも驚かされます。獨協戦ではそんな彼の「こじマジック」にご注目ください!





あの日誓った下剋上を2人で起こしましょう!






まずはじめに、日頃より弊部に多大なるご支援をいただいておりますOB・OGの皆様、コーチの皆様、並びに保護者の皆様をはじめハスキーズに関わって下さる全ての皆様に、この場をお借りして心より感謝申し上げます。







同じCチーム戦士のとくに「俺らはブログ書くこと沢山あるよ。」とプレッシャーをかけられたので、去年のAIを駆使したリーグ戦決起ブログを超える大作を創り上げようと思います。





しかし、AIを駆使しないとなるとなかなか筆が進まず、ブログ提出の期限ギリギリでこの文章を書いています。中村くんごめんなさい。




長い前置きでしたが本題に入ろうと思います。







「なんでまだラクロスを続けてるの?」





私がこの4年間数え切れないほど聞かれた言葉である。




初めは体育会なんて入る気さらさら無かった。




たかにラクロスに誘ってもらってはいた気がするが、そんなの関係なく、部活漬けの日々を脱してサークルに入り女の子とキラキラした大学生活を送るんだと決意していた。




しかし、挫折した。

私にはサークルは眩し過ぎた。




同じクラスの奴に異性とのコミュニケーション能力の違いをまざまざと見せつけられた。




そんなこんなで逃げるようにサッカー部の先輩のたかとひびきがいて、同期のりきとうっちゃんが入部を決めたラクロス部に縋った。




入部の理由なんてほぼノリである。

かっちゃんの勧誘がうまかったのもあるけど。





しかし皆のように想いや覚悟を持って入部したわけではない自分にとってラクロス部は本当に過酷な場所だった。





朝は早いし拘束時間も長い。自主練と筋トレにも行かなきゃいけない。そのくせ練習中は防具は暑いし、体力に自信はあったのにありえんほど疲れる。





よく考えたらいいことなんて1つも無かったような気がする。




みんなに流されて自主練とかはしていたけど、本気にはなりきれていなかった。




先の小島くんのブログにもあるようにサマーではα(笑)としてボックスに立ち続けた。




ウィンターでは怪我したりょうごの代わり。あすなろでは勝ち試合の2Qだけ。



同期試合は楽しいものと聞いていたが、正直自分は同期に劣等感を感じるイベントであまり楽しめていなかった。




そしてその劣等感は2年になっても変わらなかった。



同期試合で活躍した奴らがAに入ったりBで公式戦に関わったりする中で、Cチームとしてもはや同じチームとは思えない扱いをされながらグラウンドの端で、少ない人数で練習をする毎日。




夏合宿ではCチームだけミーツ部屋が無かったり、BCスクリメのスコアシートがCチームだけなかったり、コーチがいなくて全く本職ではないいとしゅんさんにエキを教わったり、ロングを持って当時1年だった然やかずま達と1on1したり、4on4で1年に負けそうになってこばこうさんにブチ切れられたり。ABスクリメの横でサッカーをしたり。

(それでも2年夏合宿のあのBCスクリメは今までの自分のベストバウトだと思ってます。本当に楽しかった。)



もう散々で文句しか垂れていなかった。 




先輩からお前は終わりだよと何回言われたことか。あれネタで言われてたとしても結構刺さってました。




そんな中でも自分を見捨てずに練習をまとめ続けてくれたやじさん、かっちゃん、くうや?には本当に感謝してます。

あなたたちがいなかったらあの頃のCは全員辞めてたと本気で思ってます。




このままラクロスを続けていいのか?




辞めた方が良くねって友達にも何度も言われた。





何度も考えて、眠れなくて、次の練習が憂鬱な日があった。





ラクロスのことを嫌いになったことだって何回もあった。




それでも、辞めなかった。辞められなかった。





何故か。





この部活には返しきれない恩があるからだ。




下手くそでやる気がなかった自分にも見捨てずアドバイスをくれた、いいプレーがあったら喜んでくれた。まだお前はやれるよって声をかけてくれた。生意気ながらも慕って質問してくれた。岩橋さんの活躍が嬉しいと言ってくれた。




こんなに自分のことを支えてくれた人たちに恩返しせずに辞めるなんてどれだけ恩知らずで失礼なことか。





ここから自分の原動力が自分のためではなく人のために頑張ることになった。




自分がいくらラクロス嫌になろうが、辛かろうが、支えてくれた人たちのために頑張る。





そう考えると練習が嫌な時も頑張れた。力が湧いた。





全ては頂いた恩を返すために。





3年になってからはメンタルの変化や練習の甲斐もあってか六大戦終わりからAチームに関わらせてもらった。



でもAチームは本当に甘くなくて、正直自分がAにいる価値がなかったと思う。それでもたかが期待して残してくれることに報いるために必死に食らいついた。




Bリーグでは活躍を楽しみにしてくれた後輩のために、そして自分がハスキーズに入って迎える初めての公式戦として、全力で戦った。

私情による乱調で早稲田戦酷いプレーをしてみきにお前のせいだと言われることも今ではいい思い出です。




慶應戦とか日体戦はみんなの集大成が出せて本当にいい試合だったね。あんな喜ぶことは人生でももうそうないと思う。秋山のことは許してないけど。



2年ずっとCにいて、3年でAチームに入れてもらったことに驚いてくれる後輩も多いけど、あんな腐ってた俺でも出来たんだから今の上手な後輩たちなら絶対にできるよ。Cチームの子達は特にハングリー精神さえ忘れなければ大丈夫。




そんなこんなで過去を振り返ってみましたが、やっぱり頑張れる理由を見つけることってすごく大事なんだなって思います。




自分なら支えてもらった人たちに恩を返すため。




最終学年になってからも


長期離脱2回で、六大戦絶望になっても


育成コーチ候補に名前があった時でも


慶應戦で負けに繋がるミスをして本当に後悔しても



絶対に結果で恩を返すために頑張り続ける。




どんなに自分がうまく行かなくてもチームが勝つために声を出し続ける。




ミスをする怖さなんて上手くいってみんなが喜んでくれることに比べたらちっぽけなもんです。




頑張る理由があればプレーにも自然と魂がのるはず。




あと少し自分がそれを体現するので後輩たちには是非見ていてもらいたいものです。





さあ次は獨協戦




前節の成蹊戦でゴールを決めましたが、あんな気持ちいいもの知ってしまった私はもう止まりません。





今まで燻っていた分暴れるよ。





支えてくれる人の期待も、一緒に育成コーチ候補になった奴らの想いも、勝ちへの渇望も、




全部ボールに乗せます。





負ける訳がない。





勝利を掴もう。




同期へ

支えてくれる人達っていうのの大半は同期のことです。

いつも本当にありがとう。

最高の仲間で最高のシーズンにしよう。





後輩へ

生意気な奴が多すぎる。

もっと敬意をもちなさい。

でもなんだかんだ絡んでくれるのが嬉しいから困ったものです。

上手いやつばっかでむかつくけどみんな腐らずに頑張れ。





スタッフへ

いつも本当に助かってます。

最後の方はスタッフのありがたみに気づいて感謝を態度に出してたつもりだから気づいてくれてたら嬉しいです。

足りないなら言ってください。





両親へ

今まで俺のことを支え続けてくれてありがとう。自分が好き勝手スポーツやってこれたのも全て2人のおかげです。最近は、全然家でご飯食べなかったり家にいなかったりするけど引退したら親孝行しまくるつもりなので楽しみにしていてください。2人に見せられる最後の晴れ舞台、絶対活躍するので見に来てくれたら嬉しいです。本当にありがとう。





次のブログは鈴木里樹くんです。

彼の存在が僕が入部した理由の大半なのですが、2年でBリーダーを務めるなどいつも僕の先を行き、目標になってくれていました。



メットを被ると僕とどっちがどっちかわからないと言われる、7年目の付き合いの彼が最後にどんな思いを綴るのか僕にも想像がつきません。



そんな彼のブログにご注目ください!


#30 岩橋亮太


コメント
名前

内容