はじめに、日頃より明治大学男子ラクロス部の活動にご支援・ご声援を頂いております、OB・OGの皆様、保護者の皆様、そして関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
平素よりお世話になっております。世代No. 1アイドルオタクの大金くんから回ってきました、4年Gの米澤力です。
彼は3年夏のアメリカへの国外逃亡を機に、MFからMGへ大胆なポジション転向を果たした異色の経歴の持ち主です。数多のアルバイト経験を応用しているのか、スタッフ業務にも爆速で適応し、シゴデキっぷりを発揮しています。そんな彼がハスキーズのスタッフとして活躍していることを、僕は嬉しく思います。
ただ、メルカリでハスキーズアパレルを転売するのだけは辞めて欲しいものです。後輩にちゃんと渡しましょう。
決起ブログとはなっていますが、俺は試合に出るわけではないので、4年間の振り返りを兼ねた応援ブログとして書かせてもらいます。
5勝15敗2分。
4年間(実働1年半)の大まかな成績がこちら。
サマーのβと昨年の練習試合全敗がいい味を出していますね。
ただ、チーム全体が弱かったのか、はたまた俺が戦犯だったのかについては、今回は置いておきたいと思います。
1年の春、今は亡き佐藤君に誘われ、だいぶ軽い気持ちで入部した。
清瀬が近かったから。
朝早く起きて健康的な生活を送れそうだったから。
なんかおもしろそうだったから。
そんな理由だった。
最初の練習は、終了30分前までは順調だった。なぜかパスとショットの見本をやらされ、気持ちよく終われそうだったその矢先、ゲリラでラントレが始まった。
そこで最終的に、運動経験のない中国人留学生のリトン、運動をするには太りすぎな貝村に次ぐ3番目の遅さだったのは、今でも苦い思い出である。
そんなこんなで始まったラクロス生活だったが、気づけば7月にはゴーリーになっていた。このときの判断は間違っていなかったと今でも確信している。
なんやかんや迎えたサマーでの1勝はくそ気持ちよかったですね、βのみなさん。
しかし、冬季オフ明けの和泉でキャッチミスをし、ボールが目に当たった。
ここからだった。ただ練習を眺めるだけの、謎の時間が始まったのは。
当たった直後は、目がぼーっとするだけですぐ治るだろうと思っていた。しかし、1ヶ月経っても症状は変わらない。遠くのものが二つに見える状態が続いていた。
ゴーリーとしては致命的な目の怪我だった。
最終的に大学病院に辿り着き、突きつけられたのは、検査・手術・治療などを含め、完全復帰まで1年以上かかるという現実だった。
いろんな病院を回り、少しでも早く治療できるように動いた。しかし、症状が少し複雑だったこともあり、そもそも手術ができる医師が非常に少ない。手術はできないと言われるか、結局同じくらい時間がかかると言われるかの二択だった。
このときぐらいだったと思う。
退部がよぎったのは。
1年の冬から3年の春にかけて、リハビリをするわけでもなく、スタッフ業務を手伝うわけでもなく、誰かを教えるわけでもない。
ただ練習を眺める。
ただ同期、先輩、後輩と喋る。
そんな生活を送っていた。
虚無としか言いようがない、ある意味修行のような期間だった。
あまり話したことはないが、2年の冬頃が虚無具合で言えばMAXだったと思う。精神的に辛いと感じていたわけではない。ただ、あれほど虚無感に溢れた生活を送ったのは、人生で初めてだった。
そんな中、25シーズンの始まりに「Special Goalie Manager」、略してSGMという肩書きを桂太さんと城太朗さんに名付けていただいた。
少しだけ、自分の居場所ができたような気がした。
気づけば3年春、待ちに待ったオペ日到来。
遠くのものが二つに見える生活は、シンプルに日常生活への支障が大きすぎたので、この日を楽しみにしていた。というより、「やっとか」という気持ちの方が大きかった。
なんやかんや健康にラクロスを続けることにも成功し、B六大戦に出られるかと思いきや、開幕前に、まさかの急所に被弾。
しかも前日にみずけいが摘出手術をしていたこともあり、不安は増すばかり。フロンタから自力で2時間かけて最寄り駅まで辿り着き、死にかけの顔で泌尿器科へ。
結果は重度の内出血。幸い大事には至らず、摘出は免れたものの、あと少し何かが違っていたら、みずけいの後を追うところだったらしい。
あぶないあぶない。
1ヶ月ほどで気持ち悪さもなくなり、復帰して2ヶ月ほど経った頃、人生初のぎっくり腰。
あまりの痛さに、ふざけて突進してきた咲丸に渾身の右フックをお見舞いしてしまった。ごめんね。
その後、1週間ほどで激痛を伴いながら復帰。しかし、最強決定戦を観戦していたとき、サドンデスで得点が決まり、帰宅できる喜びで立ち上がった瞬間、またぎっくり。
足を引きずりながら気合いで帰宅し、そこから夏合宿までは1年生の育成へ。
夏合宿では、なんとか育成リーグに向けて状態を戻そうとしていた。しかし、この頃にはとんでもない激痛に加え、左下半身に力が入らないことも増えていた。
案の定、4日目の午前にぎっくり。
期限付きのゴーリー育成だったはずが、気づけば本業になっていた。
39期からしたら、サングラスをかけてゴーリーのことにしか口を出さず、口を開いても声が低すぎる俺は、最初はだいぶ怖かったと思います。
ただ、初期の頃と比べれば今ではだいぶ仲良くなれたんじゃないでしょうか。
今でも復帰を目指してリハビリを続けているが、症状に変化はなく、復帰の目処も立っていない。
だけど、この結果はもう決まっていたような気もする。
入部2ヶ月で片足を疲労骨折。
1年から4年にかけて、腰痛がない日なんて存在しなかった。
貴也さんのMAX測定では、片足レッグプレスの正しいやり方すら分からず27kgで送って、「それが限界だと女子でもスポーツ成り立たない」と言われる始末。
そう考えると、妥当な結果だったのかもしれない。
チームがノリに乗って、いい雰囲気になっている中で、自分がそこに加われていないことが情けない。
だからこそ、今の1・2・3年生には俺みたいにならないように1日1日を大切にしてほしい。
大切な時期に何もできないことにならないように。
特に今BCDカテゴリーにいる人たちや、怪我をしている人たちには、後悔のないラクロス人生を歩んでほしいと心から願っています。
そして、Bの早稲田戦、本当に頑張ってください。
怪我をするまでは一緒にやってきたみんなが、最後にどんな景色を見せてくれるのか、楽しみにしています。
特に、うちのゴーリー陣は優秀なので、そこは俺が保証します。自分たちを信じて、最後まで楽しんで暴れてきてください。
総括ですが、4年間、本当に濃ゆいメンツに囲まれていたなあと、しみじみ感じます。
怪我ばかりでまともにラクロスをしていない俺ですが、それでも4年間続けてこられたのは、周りに恵まれていたからに他なりません。
情けないラクロス人生の振り返りはここまでにして、ここからは恒例のメッセージコーナーに移りたいと思います。
ゆうたさん
1年生に教えることは、ほぼゆうたさんの受け売りです。引退後のゴーリーユニットが心配なんですが、ゆうたさんも同じ気持ちだったんでしょうか。
まささん
狂人。2年の時、なんとかやれていたのはまささんのおかげかもしれません。ただ、急に電話かけるのは勘弁してください、すぐ既読つけるので。
けいたさん
残念ながら2番を輝かせることはできなかったです。けいたさんも最後グレてたしこれが2番の宿命なんでしょうか。
城太朗さん
あのパススピードで目に当たってオペするぐらいの弱者男性ボディで申し訳なかったです。復帰する時めちゃくちゃ教えてくれてまじで嬉しかったです。
徳山
俺へのメッセージ薄いって。二部練しすぎてたお前が活躍してるのは自分ごとのように嬉しいよ。だけど頼むからビッグセーブの後に観客を煽る癖はほどほどにしてくれ。
水野
来年覚醒するの待ってるよ。たまにネガティブ発言するけど自信持てよ、お前はもっとやれる男だと信じてる。来年のゴーリーユニットは頼んだよ。
ともや
最初ゴーリーなるって聞いたときは嬉しかったよ。来年は2番背負って大暴れしてくれたら気持ちいいけど、怪我だけしないように。あと後輩と喋ってやってくれ、誰もともやのことを知らないから。
さくまる
本当に上手くなったと思う。来年は水野とともやから色んなもの吸収して食らいついてくれ。ただ、中敷きを乾燥機に入れて手のひらサイズに縮ませるのは今年限りで。
しん
こんなにやれる奴だと思わなかった。ただ、メンタル面が心配。長谷部誠の『心を整える。』でも読んでメンタルコントロール術を学んでくれ。
はると
練習も自主練も真面目にしてて素晴らしいわ。
だけど色々綺麗にやりたがる癖があるから、泥臭くクレイジーにプレイしてもいいと思う。
りゅうき
20歳とは思えない言動が多すぎる。3年後ゴーリーとしても、人間としてもどうなってるか楽しみ。上手くなってるから自信持ってね。
聖也
辞めた時は虚しかったよ。これを見てるなら、LINEで試験の合否を教えてくれ。
遊野
てめえが対人してるときは安心して構えられたよ。一緒に出れなくてすまんな。ハッスルしすぎないように、無理は禁物。
しゅんたろう
多分1番一緒に試合に出たロングかも。去年は全敗で悔しかったけど、今年はなんとか勝てて楽しかったな。
けいき
ギャンブルすぎる片手グラボがもう見れないのは悲しいよ。これから大変だろうけど頑張って
すみの
2番渡せなくてすまないね。来年スタメンで出てるの密かに期待してるよ。
寺山
左利きを活かした類稀なるオフェンス能力を持っていたのにSSDMに転向した時は驚いたけど、こっちのが向いてるんじゃないか?頑張れよ。
キナミ軍団
団長の行動が目に余る。精進してくれ。
ひとし、みずけい
残されたものを大切に。
家族
色々サポートありがとう。もう少し親孝行できるように努めます。引退後の庭の草むしりは任せてください。
同期
中々良いメンバーが揃ったと思う。男子校が多すぎて共学一筋で暮らしてきた自分からするとハードなノリも多かったけど、楽しかったです。
次回のブログは、4年DFの中村聡汰君です。
僕があの日、クレードルミスでオウンゴールをしたのは、今でも彼が大きな声で僕のことを呼んで焦らせたからだと思っています。
普段からあらゆることに物申す姿勢を崩さない彼がブログでどんなことを語るのか、非常に楽しみです。
#2 米澤力

